なぜ高学歴ほど「何もしない」リーダーになるのか?── 経営プラクティス世界最低レベルの正体【全10回連載 vol.1】
──本当の「働ないおじさん」は、一体だれなのか?
「日本企業の経営力は、世界でほぼ最低レベルである」
この衝撃的な事実を、私たちは直視できているでしょうか。
IMD(国際経営開発研究所)が発表する世界競争力ランキングにおいて、日本の「経営プラクティス」は64カ国中62位(2023年)という、目を疑うような低位置に沈んでいます。
以下、三菱総研の記事から引用します。
ビジネス効率性分野の「経営プラクティス」などの小分類項目の順位は低位で固定化しており、改善傾向がみられない。
特に企業の意思決定の迅速さや機会と脅威への対応力、起業家精神などからなる「経営プラクティス」は64カ国・地域中62位であり、日本の最大の課題である。
職場では「働かないおじさん」が槍玉に挙げられますが、本当に深刻なのは職場のサボりではありません。
高給を取りながら、未来への決断を放棄し続ける「経営層という名の働かないおじさん」たちの存在です。
なぜ、優秀なはずの高学歴エリートたちがトップに立つと、途端に「機能不全」に陥るのか。
その答えは、日本型リーダーの本質を表すあるラテン語に隠されています。
本記事では、経営プラクティス世界最低レベルの正体に迫ります。
<筆者紹介>
東京大学建築学科卒業後、スーパーゼネコン、大手インフラ企業に勤務。
約40年にわたり、日本型大企業(JTC)という共同体の内部を観測する。
出世競争という制度的ゲームからは早期に身を引き、
組織の評価ではなく、個人の「実体」に投資する道を選ぶ。
Ⅰ. 呪いの言葉「primus inter pares(同輩中の第一人者)」
かつて評論家・山本七平※1 は、著書『日本人とは何か』で、日本のリーダーは「支配者(Ruler)」ではなく、"primus inter pares"(プリムス・インター・パーレス)であると指摘しました。
※1 山本七平(1921-1991)は 『「空気」の研究』などで知られる思想家。日本社会を動かす目に見えない規範(空気)や、日本人の独特な責任回避の構造を解き明かした。
これは「平等な仲間たちの中の、第一人者」という意味です。
日本の社長の多くは、創業者のような絶対的な権力者ではなく、同期や先輩・後輩という「同じ釜の飯を食った仲間」の中から、調整能力を買われて選ばれた「代表者」に過ぎません。
ここが決定的矛盾の始まりです。
グローバル競争が求めるのは、不採算部門を切り捨て、既存の成功体験を破壊する「冷徹な決断」です。
しかし、「同輩中の第一人者」である日本の社長にとって、仲間の既得権益を奪うことは「裏切り」を意味します。
彼らはリーダーシップを振るうのではなく、組織内の「空気」を読み、全員の不満が最小限になるポイントを探す「究極の調整役」として機能してしまうのです。
──徳川家康は、「五大老の中の一人」にすぎない?
山本七平は、すでに紹介した著書『日本人とは何か』の中で、徳川家康について「五大老の中の一人」にすぎず、「全体の合意を調整する役割」にとどまっていたという趣旨の記述をしています。
この本では、徳川家康が絶対的な支配者として登場するのではなく、当時の日本社会における「合意形成」や「場の空気」に従う存在として描かれています。
つまり、家康でさえも「空気」や「場の力」によって行動を制約されていたという、日本的な意思決定の構造を象徴する例として取り上げられているのです。
Ⅱ. 「空気」という名の独裁者
山本七平が『「空気」の研究』(Amazonアソシエイトリンク)で喝破した通り、日本の組織を支配しているのは個人の意志ではなく、その場の「空気」です。
「経営プラクティス62位(2023年)」という数字は、日本のリーダーたちが、市場の原理ではなく「社内の空気」に従って動いていることの証明に他なりません。
DXが進まない理由:現場のベテランたちの「使いにくい」という空気を押し切れないから。
新規事業が育たない理由:既存事業の功労者たちの顔を潰すようなリソース配分ができないから。
サラリーマン社長にとって、最大の仕事は「波風を立てずに任期を終えること」になります。
ユニクロを展開するファーストリテイリングの創業者・柳井正氏が「このままでは日本人は滅びる」※2 と怒りを露わにするのは、この「なれ合いの調整」が、世界基準では「経営という仕事の放棄(=働かないこと)」と同義だからです。
※2 柳井正氏は、2024年8月26日に放送された日本テレビの報道番組で「日本の経営者が変革を恐れ、現状維持に固執している」と述べ、さらに「日本人は滅びるのではないか」と発言して大きな話題になりました。
※ 柳井正氏が指摘する「日本衰退の現状」は、次の記事が参考になります。
Ⅲ. 高学歴エリートが陥る「調整の罠」
特に危険なのは、これからリーダーを目指す高学歴な若者たちです。
偏差値が高く、周囲の期待に応えることに長けたエリートほど、「正解のない決断」を下すよりも、「全員が納得する合意形成」をスマートに成し遂げることに知的な快感を覚えてしまいます。
しかし、その「調整能力」こそが、あなたを「将来の働かないおじさん社長」へと変貌させる毒薬です。
もちろん、すべての調整が悪ではありません。
組織が拡大する過程では、合意形成が必要な局面もありますが、問題は、それが「目的」になってしまった瞬間です。
組織を壊さず、嫌われず、波風を立てない。
その優秀さが、結果として組織の死を早めているとしたら、それは「有能な無策」と呼ぶべき罪ではないでしょうか。
Ⅳ. 「同僚の顔」ではなく「市場の鏡」を見よ
では、次世代のリーダーを志す若者が、この「プリムス・インター・パーレス(同輩中の第一人者)」という呪縛から逃れるにはどうすればよいのでしょうか。
答えはシンプルです。
評価の基準を「社内の調和」から「市場の規律」へと強制的にシフトさせることです。
日本のサラリーマン経営者が不作為に陥るのは、彼らの視線が常に「内側」に向いているからです。
誰が自分の昇進を助けてくれたか、誰が派閥の有力者か. そんな「なれ合い」の力学の中で生きている限り、組織を壊して作り直すことなど不可能です。
君たちが持つべきは、社内政治の羅針盤ではなく、「今、自分をマーケットに放り出したらいくらの値がつくか?」という残酷なまでの市場価値の鏡です。
外の世界と対話するリーダーだけが、社内の「空気」という名の独裁者に抗うことができるのです。
Ⅴ. 「孤独」はリーダーシップのコストである
山本七平が描いた日本のリーダー像を脱却するには、凄まじい「孤独」への耐性が求められます。
本来、経営とは「何かを選び、何かを捨てる」行為です。
そして、捨てられた側からは必ず恨まれます。
全員と手を取り合って進むプリムス・インター・パーレスに、捨て去る勇気はありません。
柳井正氏が容赦ない言葉で日本社会を批判し続けるのは、「嫌われること」を経営のコストとして初めから織り込み済みだからです。
「経営プラクティス世界最下位レベル」という不名誉な泥沼から抜け出せるのは、同輩たちから「空気が読めない」と疎まれてもなお、データとビジョンを信じて一人で立てる人間だけです。
Ⅵ.まとめ:君たちは「究極の調整役」で終わるのか
── 「働かないおじさん」という言葉の裏に隠されていた真実。
それは、現場の怠慢ではなく、トップ層の「決定的な意思決定の欠如」という構造的な病理でした。
高学歴な君たちが、先人たちが作り上げた「心地よい停滞」を継承する必要はありません。
調整のプロとして、組織と一緒に静かに沈んでいくのか。
それとも、プリムス・インター・パーレスの座を蹴り飛ばし、新しい日本の経営スタンダードを自ら体現するのか。
世界は、君たちの「空気読み」を待っているのではなく、君たちの「決断」を待っています。
「なれ合い」を捨て、孤独を引き受けた瞬間に、君の真のリーダーシップは始まります。
日本を滅ぼす「最強の働かないおじさん」に、君だけはなってはいけない。
Ⅶ.追記: 「経営プラクティス」の補足
IMDの指標における「経営プラクティス(Management Practices)」とは、単なる「経営の手法」を指すものではありません。
それは、「組織が変化に対してどれだけ機敏に適応し、いかに科学的かつ公平に運営されているか」という、企業の「動かし方」そのものの質を問う指標です。
日本はこの分野において、2025年版のランキングで調査対象69カ国中65位という、極めて衝撃的な低評価を下されています(下表参照)。
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注: 2021年、2023年版では64カ国、2022年版では63カ国、2024年版では67カ国、2025年版では69カ国中の順位 |
これは、日本企業がグローバルスタンダードな経営から著しく取り残されている現実を物語っています。
具体的には、以下の要素が深刻なボトルネックとなっています。
▢ 経営層の国際経験(69カ国中65位)
多様な価値観やグローバルな市場感覚を持つリーダーが決定的に不足しています。生え抜き主義による「タテの論理」が、外部の専門知や異質な視点を排除し続けています。
▢ ビジネスの俊敏性(69カ国中66位)
機会や脅威に対し、迅速に意思決定を下せる能力です。日本はこの項目でも最下位圏に沈んでおり、過度な根回しやコンセンサス重視が、スピード感を完全に奪っています。
▢ ビッグデータの活用(69カ国中67位)
勘や前例、あるいは「権力者」の意見ではなく、データに基づいた客観的な判断ができているか。ここでも、情緒的な人間関係を優先する日本型組織の弱点が露呈しています。
▢ 起業家精神(69カ国中68位)
リスクを恐れず、既存の秩序を壊してでも新しい価値を創造する姿勢です。失敗を許容しない共同体の減点主義が、この精神を根底から削ぎ落としています。
Coming Soon — 以下の記事は準備中です。公開まで少しお待ちください。
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本記事は、JTC(日本型大企業)という共同体の内部で40年間培った観測眼をもとに、日本の組織が抱える構造的課題を独自の視点で分析した「JTCの不都合な真実・全10回シリーズ」の一つです。他の視点を含めた総論は以下のまとめ記事をご覧ください。
― 日本型大企業という共同体を内部から記録する ―
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