JTC(大企業)の出世は業績では決まらない ──忖度競争から降りて、「出世しない」という合理的選択【全10回連載 vol.8】
──その昇進は、あなたの人生を前に進めていますか?
出世欲が強すぎると生き方の選択肢が狭まります。
特に高学歴の人にとっては、JTC(Japanese Traditional Company:日本型大企業)への就職や出世が、ほぼ唯一の選択肢になっているのではないでしょうか。
出世しないという選択肢を、多くの人がすっかり見落としてしまっていると言えるでしょう。
<筆者紹介>
東京大学建築学科卒業後、スーパーゼネコン、大手インフラ企業に勤務。
約40年にわたり、日本型大企業(JTC)という共同体の内部を観測する。
出世競争という制度的ゲームからは早期に身を引き、
組織の評価ではなく、個人の「実体」に投資する道を選ぶ。
Ⅰ.本連載のこれまでの振り返り:出世が業績では決まらない理由
出世が客観的な業績評価だけで決まらない背景には、複数の要因が複雑に絡み合っています。
まず、日本社会に深く根付いた精神構造や文化的背景が大きく影響していることを見てきました。
連載1・2回では、日本社会に浸透する「母性原理」、組織が共同体化しやすい特性、そして日本特有の「歪な平等主義」が、評価の客観性を阻む土台となっていることを解説しました。
JTCという巨大組織は、これらすべてを内包した独自の生態系──いわば「JTC村」として機能しています。
連載3回では、この「JTC村」において、なぜ合理性がしばしば敗北するのか、その理不尽な構造を明らかにしました。
さらに連載4~6回では、出世が「序列」「選別主義」「評判経済」といった仕組みによって左右され、実力とは無関係な「初期設定値(学歴、性別、入社時の評判など)」と「運」のゲームになっているという冷徹な現実を掘り下げました。
前回は、そのゲームの犠牲になりやすい中途社員が、どのように生存戦略を構築すべきかを提示しました。
次章以降では、この「初期設定値」と「運」のゲームを支える忖度競争の実態と、その代償、そして忖度競争から距離を置くための生存戦略について論じていきます。
Ⅱ.忖度競争のリアル
入社後は、それぞれの「初期設定値」に基づく序列の内で出世競争が繰り広げられますが、出世するには上司に引き上げてもらう必要があります。
たとえ周囲から能力が高く有能だと認められていても、上司が評価し昇進を後押ししてくれなければ、出世は叶いません。
つまり、出世競争は業績よりも、むしろ上司との良好な人間関係を競うものなのです。
そして、人間社会における次の原則を理解していないと、上司に評価されて良い人間関係を構築できません。
原則1:人間は自分にとって利用価値がある人物しか評価しない
原則2:自分より有能な人物を評価できない又はしない
原則1の身近な例は、自分に「いいね!」をしてくれた人にだけ「いいね!」を返す行為です。
また、原則2に陥る理由は、そもそも無能なので評価できなかったり、嫉妬や妬みで敢えて評価しないことが挙げられます。
この二つの原則を踏まえて、上司に評価されるためには、粘り強い「忠誠心」と「忖度」が欠かせません。
上司の力量に問題がある場合でも、それを匂わせる態度や振る舞いは絶対に避けるべきです。
さらに言えば、自分の手柄は上司に譲るくらいの覚悟が必要です。
自分の手柄を上司の手柄のように思い込ませることが出来たら、忖度の達人です。
このように部下の忖度に左右される評価手法を情意評価と言います。
母性社会・日本で共同体化したJTCの組織では、真の業績評価は到底無理であり、構造的に情意評価が蔓延ります。
Ⅲ.出世のための忖度の代償
これまで解説してきたように、JTC(日本型大企業)で出世欲を満たすには、自分がどの序列であろうが忖度は必須です。
しかも、共同体の傾向が強いJTCで、人より一歩抜きん出て出世するには、並みの忖度では通用しません。
ところで、忖度の本質とは一体何でしょうか?
突き詰めれば、忖度とは自分の人生を手放し、相手の人生に沿って生きることです。
自分不在の人生を歩み過ぎると、会社を去った後、つまり定年後に大きなしっぺ返しが待っています。
現役時代に自分の人生を歩んでこなかったせいで、何も自分で決められず、さらにタテ社会に馴染み過ぎた結果、普通のヨコ社会にうまく溶け込めず孤独を感じることになるのです。
Ⅳ.出世しないという合理的選択肢
出世と忖度の関係を下の4分割表で整理しました。
忖度すれば必ずAゾーンになるとは限りません。
可能性としては、忖度しても出世できないこと(Cゾーン)もあり得ます。
Cゾーンは最悪ですので、早めに見切りをつけてDゾーンに移る必要があります。
Bゾーンは一番おいしいゾーンですが、豊田章夫氏のように創業家出身者でない限りは不可能です。
この表は「出世するか、しないか」「忖度するか、しないか」といった二元論で構成されていますが、実際にはさまざまな程度が存在します。
出世していないと思っても、所属する序列によっては、相対的にほどほど出世している場合もあります。
忖度人生と自分の人生のどこかで折り合いをつけることが重要です。
JTCの社員であれば、出世しなくても十分に恵まれているため、必要以上に忖度せず自分らしい生き方を貫くDゾーンも、立派な選択肢と言えるでしょう。
私は無能な上司に忖度することができず、ほぼDゾーンのサラリーマン人生を送ってきました。
実は、私が「出世競争」という舞台から早々に降りて情熱を注いだのは、仕事ではなく「自分自身の肉体改造」でした。
47歳から本格的に筋トレを始め、気づけば19年。
身長170cm、体重69kg、体脂肪率12%という、現役時代よりも研ぎ澄まされた体を手に入れることができました。
忖度で得られる評価は会社を辞めれば消えてしまいますが、筋トレで得た筋肉と健康は、誰にも奪われない一生モノの財産です。
そのおかげで、定年後の今は趣味を満喫できるだけでなく、スポーツクラブでもちょっとした人気者(笑)になれるなど、現役時代には想像もしなかった楽しい毎日を過ごしています。
出世を捨てるということは、決して何かを失うことではありません。
むしろ、会社に捧げていた膨大なエネルギーを「本当の自分」のために取り戻すプロセスなのです。
Ⅴ.まとめ:JTCで「出世しない」という賢明な選択
本記事では、JTC(日本型大企業)特有の出世メカニズムを解き明かし、出世を追い求めることの代償と、自分らしい人生を優先する選択肢について考察しました。
①業績では決まらない「出世のメカニズム」
JTCにおける昇進は、個人の能力や業績よりも以下の要素が強く影響しています。
▢ 入社時の「初期設定値」
学歴や性別、入社時の評価(印象)などによって、あらかじめ「役員候補」「部長候補」といった見えない序列(身分)が決まっている。
▢ 共同体の「主観的評価による人気と人格」
組織の調和が優先され、客観的な業績よりも「上司への忖度」や「会社への忠誠心」が評価される「情意評価」が主流である。
② 出世の代償と定年後のリスク
出世を目指す過程で必要となる過度な「忖度」には、大きなリスクが伴います。
▢ 自分不在の人生
忖度の本質は「自分の人生を手放し、相手の人生を生きること」。
▢ 定年後の孤独
現役時代に縦社会のルールに染まりすぎると、リタイア後に地域社会などの横のつながりに馴染めず、孤独に陥る恐れがある。
③「Dゾーン(出世せず、忖度もしない)」という生き方
出世と忖度の関係を整理すると、最も幸福度が高い選択肢として**「Dゾーン」**が浮かび上がります。
▢ 折り合いをつける
完全に二元論で割り切るのではなく、自分の人生と忖度のバランスをどこで取るかが重要。
▢ Dゾーンのメリット
JTCはもともと待遇が安定しているため、出世を無理に追わず、忖度にエネルギーを使わなければ、趣味やプライベートを充実させた「豊かな人生」を現役時代から構築できる。
上司への忖度は、定年を迎えれば価値が消える『期限付きの投資』です。
そんな虚像に心血を注ぐよりも、
自分自身の感性や趣味という『一生モノの資産』に投資しませんか。
Dゾーンという選択は、定年後の長い自由時間を謳歌するための、 賢明な先行投資なのです。
Coming Soon — 以下の記事は準備中です。公開まで少しお待ちください。
この記事の全体像を確認する
本記事は、JTCにおける「不条理な出世メカニズム」の構造を解き明かす全10回シリーズの一つです。他の視点を含めた総論は以下のまとめ記事をご覧ください。
▶ 【全10回連載まとめ】なぜ『出世は実力では決まらない』のか? ── JTCの「時代遅れのOS」が引き起こす構造的悲劇― 日本型大企業という共同体を内部から記録する ―
