JTC(大企業)の出世競争「狭き門」ではなく「蜘蛛の糸」── 勝っても負けても阿鼻叫喚【全10連載 最終回】

画像引用元:芥川龍之介「蜘蛛の糸」

 そのレース、勝っても救われない。──負ければもちろん、地獄を見る。

「出世競争も、いい加減疲れてきた……」 

「忖度や社内営業に心血を注ぐなんて、自分らしくない」

 「仕事の成果は出しているのに、正当に評価されていない気がする」

そんなモヤモヤを抱えていませんか?

実は、私たちが執着している出世という「狭き門」は、私たちが思い描いているものとは、まったく逆の姿をしているのかもしれません。 

本記事では、出世競争の先に何が待っているのか。── その現実を明らかにし、私自身の経験も踏まえて、組織に縛られずに自由に生きるためのヒントを解説します。

<筆者紹介>

東京大学建築学科卒業後、スーパーゼネコン、大手インフラ企業に勤務。
約40年にわたり、日本型大企業(JTC)という共同体の内部を観測する。

出世競争という制度的ゲームからは早期に身を引き、
組織の評価ではなく、個人の「実体」に投資する道を選ぶ。


Ⅰ.「狭き門」の本当の意味を知っていますか?

一般的に「狭き門」といえば、「合格率が低く、競争が激しい難関」という意味で使われます。

しかし、その語源を知ると、現代の出世競争がいかに歪んでいるかが見えてきます。

フランスの作家アンドレ・ジッドの小説『狭き門』のモチーフにもなった、新約聖書(マタイによる福音書)の一節を見てみましょう。

狭き門より入れ、滅にいたる門は大きく、その路は広し。これより入る者多し。生命にいたる門は狭く、その路は細し。これを見出す者少なし

ここでいう「狭き門」とは、**「誰も気にも留めないほど目立たないが、その先に本当の幸福がある道」**のことです。

一方で、多くの人が群がり、競い合って入ろうとする「広き門(出世レース)」の先には、聖書の言葉を借りれば「滅び」が待っているという皮肉な構造になっています。

一流大学を出て、一流企業で勝ち抜いた先に待っているのは、果たして「生命(天の御国で生きるいのち=本当の幸福)」なのでしょうか?


Ⅱ. 賢者は「泥の中に尾を曳く」道を選ぶ

出世競争における真の「狭き門」とは、実は**「最初から勝負に参加しないこと」**にあります。

中国の思想家・荘子は、王から高い地位を提示された際、次のような寓話(尾を泥中に曳く)を引いて断りました。

占いに使われるために殺され、箱の中で宝物として祀られる亀よりも、泥の中でしっぽを引きずって泥まみれになりながらも、生きて動いている亀の方が幸せではないか

出世のために権力者の顔色を伺い、嫉妬にまみれて生きるよりも、たとえ裕福ではなくとも自分の意思で自由に生きる方が、人間としての尊厳を保てるという教えです。


Ⅲ.出世競争の末路:勝者と敗者の「阿鼻叫喚」

一度このレースに足を踏み入れると、勝っても負けても過酷な現実が待ち受けています。

【敗者の末路】ルサンチマンの虜

JTC(日本型大企業)には、客観的な業績評価は存在しません。

JTCの出世競争の恣意性(いいかげんさ)に気づき、早めに勝負を降りた人は、負けても実害はありません。

問題は、次期社長やその側近など組織内の権力者からそこそこ信頼され、最後まで候補者として奮闘していた人物です。

彼らは忖度合戦によって、完全に自己家畜化した従順な奴隷(イエスマン)と化します。

挙句の果てに一人を除いては全員敗者です。

自分より下位の者を見て優越感に浸るものの、結局は、妬みと嫉妬のルサンチマン※1 になり果てます。

待っているのは阿鼻叫喚です。

※1 ルサンチマン(ressentiment)とは、フランス語で「恨み」や「憤り」を意味する言葉です。ニーチェによれば、ルサンチマンは自分が感じる劣等感や無力感を、他者への憤りや恨みとして表現する心理状態を指します。ルサンチマンを抱えた人は、自分がうまくいかない原因を外部のせいにし、他者や社会を恨む傾向があります。これは、自己成長や問題解決を妨げる原因となります。

【勝者の末路】自己家畜化した「裸の王様」

それでは、最終的に勝った人、すなわちトップは本当に幸せを手に入れたのでしょうか?

トップだけが相談役などに収まり、最後まで会社組織に居座ることができます。

別の言い方をすれば、会社組織に居座れるというより、タテ社会でしか生きられない自己家畜化した人間になり果てるということです。

トップも部下の忖度と部下からの搾取でしか生きられないという意味では、部下に養われる自己家畜化した人間です。

偶然の力で得たトップの座という単なる役割分担を、「俺は偉い」と思い込み、死ぬまで裸の王様で人生を送るのです。

彼らの人生は、将棋の王将ように将棋盤の中だけの人生──すなわち、「実体」のない「関係性」の中で生きているだけなのです。

将棋盤(関係性)から一歩外へ踏み出せば、現実世界(実体)が容赦なく牙を剝きます。

ある元社長夫妻の悲劇的な事例がそれを物語っています。

「老人ホームで衰えた姿を見せるのはプライドが許さない」と豪邸に引きこもり、老老介護の末に共倒れとなってしまったのです。

かつて組織の頂点を極めたというプライドが、助けを求めることを禁じ、最後には自分たちを救うどころか、袋小路へと追い詰めてしまいました。

「関係性」※2 という幻想にすがりつき、自己家畜化を選んだ勝者を待っているのは、やはり阿鼻叫喚です。

※2 会社における地位や肩書は、将棋の駒の種類と同じで、「関係性」という概念(共同幻想)です。「関係性」に対立する概念は「実体」です。分かりずらいので、例を用いて解説します。しわくちゃの汚れた一万円札と新札の五千円札があるとします。「関係性」すなわち交換価値で選ぶなら一万円札を選び、「実体」すなわち紙質で選ぶなら五千円札になります。「関係性」には普遍性はなく、「関係性」が成立するのは特定の時代や場所に限定されます。未開の島で原住民に捕まって、札束を差し出しても無駄です。


Ⅳ.まとめ:戦う場所を「組織」から「自分自身の‟実体”」へ

どうせエネルギーを注ぐなら、JTC(日本型大企業)のような「組織が個人を恣意的に評価するレース」ではなく、もっと普遍的で、裏切らない場所へ投資すべきです。

私は40代で出世レースから降り、筋トレという「実体」を磨く道を選びました。 

組織という共同幻想の中で「関係性」を維持するために心身を削るのをやめ、自分の肉体という「実体」を鍛え上げることに時間を使ったのです。

筋トレ歴19年。

現在66歳になりましたが、身長170センチ、体重68キロ、体脂肪率は12%を維持しています。

会社を辞めてからのほうが、心身ともに至って元気です。

何より、会社の看板がなくても、スポーツクラブでその「実体」を評価され、注目を浴びる瞬間は、現役時代のどんな忖度や社内政治で得た賞賛よりも、私の心を深く充足させてくれます。

出世競争に疲れた皆さん。 

組織の評価に一喜一憂し、阿鼻叫喚の末路を辿る必要はありません。

本当の「生命(いのち)にいたる門」は、意外と身近な……例えば、目の前のダンベルを持ち上げるような、泥臭くも確かな一歩の先にあるかもしれません。


Coming Soon — 以下の記事は準備中です。公開まで少しお待ちください。

この記事の全体像を確認する

本記事は、JTCにおける「不条理な出世メカニズム」の構造を解き明かす全10回シリーズの一つです。他の視点を含めた総論は以下のまとめ記事をご覧ください。

▶ 【全10回連載まとめ】なぜ『出世は実力では決まらない』のか? ── JTCの「時代遅れのOS」が引き起こす構造的悲劇

※筆者について

本稿は、東京大学建築学科卒業後、スーパーゼネコンおよび大手インフラ企業にて約40年勤務した筆者の実体験と観測にもとづいている。

― 日本型大企業という共同体を内部から記録する ―

このブログの人気の投稿

JTC(大企業)では、出世しない方が人生は自由になる ──「コース外れ」を経験した人間の現実的生存戦略【全10回連載 vol.9】

なぜJTC(大企業)では優秀な中途社員ほど出世できないのか ?──経験者が語る「外様」の賢い働き方【全10回連載 vol.7】

JTC(大企業)の出世は業績では決まらない ──忖度競争から降りて、「出世しない」という合理的選択【全10回連載 vol.8】